日韓の文系論文を読む人

読んだそばから忘れるので……

韓ドラ翻訳から見る相手を名指しすることに対する日韓差/韓国ドラマの日本語訳から見る 日本語における呼格的用法の対称詞の使用規制

 

名前を呼んでいるのに?

ドラマを見ていて、明らかに人物の名前を呼んでいるのに字幕では違う翻訳になっているのを見て、疑問に思ったことはありませんか。
その理由を分析した論文を今日は共有します。

 

共有する論文 キム・ジウン「韓国ドラマの日本語訳から見る 日本語における呼格的用法の対称詞の使用規制」

対人関係にマイナス影響を与える行為

この論文は、呼格的用法の対称詞の使用について、韓国ドラマとその日本語翻訳とを比較し、それぞれの言語の呼格的用法の対称詞の使用傾向の違いを明らかにしています。目の前の相手を直接呼びかける語彙は、相手の領域に踏み込む行為になるため、対人関係において規制される行為であるとされています。


論文では、このような相手を呼びかける語彙が、対人関係に与える影響、会話内での機能についての観点を取り入れながら、例文の収集と分析及び考察を行いました。

 

分析対象は、韓国ドラマを日本語に吹き替えたものとし、「ごめん、愛してる」「イタズラなKiss」「その冬、風が吹く」の3作が選定されました。

 

まず、日韓で相手を呼びかける表現の使用について調べました。語類ごとに使用頻度の違いを調べた結果、以下の2点が明らかになりました。

 

➀韓国語版の人名と職業・地位名称は、日本語版でも翻訳されることが多い反面、人称代名詞と相手を蔑む罵詈語は削除されやすい。

②韓国語版では、親族名称を虚構的用法で使用することが多く、この場合は削除されやすい。  *1

 

もうひとつ、軽蔑表現の中の相手を呼びかける語彙の翻訳についても調べました。その結果、日韓で罵詈語によって対人関係に及ぼす影響が異なり、また放送倫理的にも、韓国語の罵倒語に対応するする表現がないため、削除される傾向が分かりました。

 

次に、日韓での一般的使われ方の違いから日本語版ではそのまま翻訳されない語彙を調べました。

 

➀連続して相手に呼びかける用法
相手を指図しながら呼びかける語彙を使うことは、相手の領域に踏み込む言動になる。例:「のび太、あんた、また散らかして!」
日本→相手への強い関与、または相手へのマイナス感情の表れ
韓国→相手へのマイナス感情に関わらず広く使われる

②代名詞的用法への変換
相手への過剰な関与を回避するため、韓国語版の相手に呼びかける語彙が、日本語版では代名詞的対象詞に変えられることがある。
例:은조 너 줄넘기→ウンジョ、あなたの縄跳び

③虚構的に使われる親族名称
日本語が韓国語より虚構的に使われる親族名称の使用範囲が狭い。
日本→話し手が未成年の場合や「兄貴」の場合は、虚構的使用が見られるものの、それ以外は「○○さん」や職業、地位名称へ変わる。
韓国→様々な人間関係で親族名称を使う  *2

 

このように調査した結果、日本語版では相手に呼びかける語彙の使用は、韓国語版より少なく、使わない傾向が見られました。日本語は、韓国語に比べて、呼びかけることへの規制が強いことが明らかになりました。

 

論文では、日本語に翻訳された文章の詳細な分析、および、韓国語版が担っていた呼びかける語彙の機能が、日本語翻訳で削除された部分をどのように補っているのかを今後の課題としました。

過剰な関与ではなく相手への配慮なのかも

たしかに、韓国では積極的に相手に呼びかける言葉をたくさん使うと留学生活の中でも感じます。日本的に考えると、わざわざ名指しされると何か怒られるんじゃないかというようなマイナスイメージが浮かびます。それに過剰な関与にもなるので、不快感があるのも否定できません。

 

韓国でも同様の使い方はあるものの、それを含めていろいろな場面で相手を呼びかけることをしています。そのため、名前が分からない人に対して呼びかける時にとりあえず使う語彙も、日本語より豊富にある気がします。


代表的なものだと、若い人にはとりあえず「学生」と呼んだり。これは、実際にその人が学生かどうかあまり関係がなく、おじさんおばさんが若い人を呼びかける時に使われる無難な言葉なのではないかなと思います。


日本だと、その人が学生だと知っている時に「学生さん」と言ったりすることがありますが、直接本人に「学生さん」ということはあまりありません。この言語文化に慣れるには、文章だけでなく前後の状況とセットで覚える必要があります。


多様な状況で相手に呼びかける韓国人の行動は、私はあなたのことを気にしているという意思表示なのかなと思います。

参照論文

キム・ジウン「韓国ドラマの日本語訳から見る 日本語における呼格的用法の対称詞の使用規制」『日本語学研究』第68集、韓国日本語学会、2021年、 pp. 5 - 19 

2022年1月3日note記事を修正、再投稿.

*1:pp.9-12

*2:pp.12-17