日韓の文系論文を読む人

読んだそばから忘れるので……

日本語の方言は韓国語の‘何弁’に翻訳すればいいのか?/方言意識の日韓対照 : 役割語翻訳の観点から

目次

方言を使うキャラクターに出会ったら

語学学習として勉強する時は、基本的にその言語圏ならどこでも通じる標準語を習います。しかし、実際はリスニング試験で聴くようなきれいな話し方をする人ばかりではありません。その人なりの話し方のクセがあったり、話し相手によって表現を変えるほうが一般的じゃないかと思います。

 

その中でも方言は、話す人の生い立ちや性格を感じさせる言葉になります。
小説やアニメ等ではこの方言の特性を生かして、登場人物の内面を表現することがありますが、実際にキャラクター性を表現する方言は韓国語では、どのように共有されているのでしょうか。


今回は、登場人物がどんな性格なのかを表現する方言に対するイメージを調査した論文を紹介します。

 

共有する論文:鄭 惠先 「方言意識の日韓対照 : 役割語翻訳の観点から」

 

翻訳にも影響を及ぼす方言がもつイメージ

この論文では、各地域の方言をそれぞれの役割語としての実態を整理するために、日本語と韓国語の方言についての意識調査を行いました。
そして、調査結果に映し出されたそれぞれの方言の役割語としての位置づけなどについて考察されました。

 

具体的に調査された側面は以下の4つです。

  • 方言正答率

  • 方言イメージ

  • 方言による人物類型

  • 方言に対する好悪意識

 

役割語としての方言は、翻訳する際にも大きく影響しています。
日韓の方言に対する共通のステレオタイプを明らかにして、翻訳で起こり得る心理的なギャップを解消することが期待されます。

 

調査は以下の都市で644人の大学生を対象に実施されました。

韓国
2005年3月実施
ソウル、カンヌン、デジョン、テグ

日本
2006年11月実施
東京、京都、長崎  *1

 

 

調査結果の分析は次の通りです。

 

①韓国語話者に比べて、日本語話者のほうが方言の正答率が高く、
日本語では役割語としての方言の機能が高いと考えられる

②「共通語」と「方言」は、イメージと人物類型において対比的である。
この傾向は、日韓の話者に共通する。

③日本語話者が近畿方言から思い浮かべるイメージと韓国語話者がキョンサン方言から思い浮かべるイメージは共通点が多い
一方で、一部ステレオタイプの過剰や一般化が見られ、役割語度を上げていると考えられる。

④日本語話者が東北方言から思い浮かべるイメージと韓国話者がハムギョン・ピョンアン方言から思い浮かべるイメージは共通点が多い。
一方で、東北方言よりハムギョン・ピョンアン方言の方が役割語の度合いが極めて低い可能性がある。*2

 

論文の筆者は、これらの方言の共通性による効果を生かせば、より質の高い翻訳を実現させることができると主張しました。
また、日本語教育、或いは韓国語教育で「役割語」を教育項目のひとつとして、どのように取り上げていくべきかを考えさせる新たな気付きをくれたとの研究に対する期待を述べました。

 

標準語と対立する地方のことば

他の論文で、日本語の方言は韓国語翻訳の時に標準語になってしまうという指摘が見られます。私は個人的に、方言に翻訳すると、その地方に住んでいない読者には何を言っているのか伝わりにくくなるからだと思っていたのですが、この論文の結果を見る限り、一般的に方言は方言で訳すようにするほうが有効に思えました。


この場合、翻訳者が方言にどのくらい詳しいのかが問題になってきます。
関西弁や大阪弁のように有名な方言でも、それを方言として自然な言葉に書き起こすには知識が必要です。そのため、不自然な言葉遣いになって読みにくく、原作のキャラクター性が伝わりにくくなるのであれば、思い切って標準語にするという選択肢が選ばれるのだと思います。

 

キャラクター性を表現するための方言に関した内容を韓国教育でどう扱うのか、という点も考えていく必要があります。なぜなら、方言に対するイメージは学習によって得られるものだからです。


一般に、学習者は標準語を習うため標準語と方言の対立や方言のイメージが形成されにくいといえます。また、方言は言語の多様性や歴史を学ぶ上でも重要なキーポイントになるでしょう。


学習者に過度な標準語主義やステレオタイプを強化させない配慮と一緒に、この問題が考えられていくと、学習者の韓国語に対する理解を深められるのではないかなと思います。

 

参照論文

 「方言意識の日韓対照 : 役割語翻訳の観点から」『日本語科学』23巻、国書刊行会、2008年、pp.37-58


repository.ninjal.ac.jp

 

 

2022年2月10日のnote記事を修正し、再投稿.

*1:p.40

*2:p.57