日韓の文系論文を読む人

読んだそばから忘れるので……

女性が男性として話す時、どのような言葉遣いの変化があるのか /韓日リメイクドラマの会話文に見られるジェンダー

 

自分らしい言葉使いとは?

日本語には男性らしい言葉遣いや女性らしい言葉遣いなど、話者の属性や性格を表現する言葉遣いが多く存在します。それらは、現実的か非現実的かに関わらず、自己表現として活用されながらも、話者本人を縛るものとしても認識されていることでしょう。

 

今回は、ジェンダーがどのようにどのように言葉に現れるのかに注目した論文を共有します。

 

共有する論文:任炫樹「韓日リメイクドラマの会話文に見られるジェンダー-『미남이시네요』の同場面を中心に」

 

ジェンダーの特徴がセリフに現れる日本語

論文は、原作の韓国版「미남이시네요」と日本リメイク版「美男(イケメン)ですね」に登場する主要人物の会話セリフから男女による言葉遣いの違いについて分析しました。筆者は、作品の選定理由を以下のように述べています。

 

➀韓国版が、日本の地上波で放送され、他チャンネルでも再放送されるほど人気があった
②大学生の授業で教材としても使えるくらい若者に受け入れられやすいテーマ
③1人の女性が、本来の女性役と男性役をの一人二役を演じていて日本語と韓国語にみられる男女差に注目しやすい
④原作の韓国語版の会話の流れなどが、現実とあまりかけ離れていない *1

 

文末に注目したところ、미녀(ミニョ)は、本来の女性として話すときは「해요(ヘヨ)体」を使い、男性として話すときは一段階、丁寧な「합니다(ハムニダ)体」を使います。この文末自体は、性別によって使い分けるものではありません。しかしながら、ジェンダーやどのくらい公式的な場なのかによって、分かれる表現です。


一方で、日本版はどちらの場面でも「です・ます体」を使用し、男女差は見られませんでした。文末に表現の違いを見せられない代わりに、一人称を女性の時は「私」、男性の時は「僕」を使うというような変化が見られました。


反面、韓国版では、男女で一人称の違いはないが、相手に呼びかける時の言葉に差がありました。

 

次に、敬語の使い方に違いがあるのかについてみていきます。

 

韓国版に登場する、マ室長とミニョが初めて会った時の会話に注目すると、マ室長は年の離れた若いミニョに対して最初から最後まで、文末を「합니다体」にするなど、できるだけ丁寧な敬語表現で接しています。対して、日本版版は同様の場面で、馬淵は美子に対して敬語表現を用いていません。これは、日韓の敬語に対する意識の差が現れたと考えられます。

 

ファランがアン社長とテギョンに曲をアレンジを依頼する時の会話を見ていくと、ファランとアン社長が先輩後輩の設定であるため、ファランは後輩のアン社長に対して敬語を使いません。


一方で、日本版での同様の場面では、水沢は安藤社長に対して、仕事上の付き合いを優先した、丁寧な言葉遣いをしています。これは、一般に日本では男性よりも女性の方が丁寧な言葉遣いをするという暗黙ルールを正当化するための戦略ではないかと考えられます。

 

最後にA.N.JELLのメンバー3人のセリフをみていきます。

 

韓国版では過激なスラングを多く使う傾向にあり、日本版では男性専用語が多く使われる傾向が見られました。これは、韓国語に比べて、日本語は「俺」「おい」のような男性専用語が豊富にあるが、韓国語は日本語ほど、男性形式や女性形式がないためスラングによって男性らしさを表現したと考えられます。

 

以上の考察から、筆者は以下のようにまとめました。

 

本稿は韓日リメイクドラマを取り上げ、原作の韓国版が日本リメイク版にどのように変容・解釈されているかについて、特にジェンダーに焦点を当てて比較分析を試みた。その結果、両言語の間には男女差を表す方式に隔たりが存在していることが分かった。
今回は様々な談話の中でごく一部の例をジェンダーの観点から考察した。また、作品を一つに限定したため、他作品との比較ができていない。今回得られた結果を韓日の全般的なジェンダーによる特徴として決めつけるのは無理があるであろう。 *2

 

3.セリフの翻訳問題

美男ですね」は、実写ドラマであるため実際にはセリフ以外にも、男性らしく見せる表現や女性らしく見せる表現がされています。しかしながら、言語や文化圏によって「らしさ」の解釈が異なることも事実です。特に、日本語は男性が使うとされる語彙が、女性が使うとされる語彙より豊富にあるように感じます。代表的な例は、「僕」「俺」といった一人称がそれになるのではないでしょうか。また、日本語には役割語のような、現実的でない言葉遣いも多く存在します。

 

一方で、韓国語は過激なスラングを多用すると男性らしさは出ますが、スラング自体は話者が男性であることを示す語彙ではありません。それに、男性は、女性よりも格式的な文末表現を好む傾向があるとの指摘もあります。

 

日本版「美男ですね」では、話者の人物が男性なのか、女性なのかを視聴者が判断できるようにした結果、性別役割語のようなものを多用する結果になったのだと思います。この問題は、論文の筆者も指摘するように「美男ですね」の比較のみで一般化することは難しいです。しかしながら、文化の違いのひとつとして、言語によるジェンダー表現や男女に対しての認識について、もっと深く考えていく必要があるのではないかと思います。

 

参考論文:

任炫樹「韓日リメイクドラマの会話文に見られるジェンダー
-『미남이시네요』の同場面を中心に-」日本語学研究、2015年

www.dbpia.co.kr

2021年11月1日note記事を修正、再投稿.

*1:p.49

*2:pp.61-62